ご近所やさいで一番売れた 自分が食べたいブロッコリー
庭瀬 敏行さん
”ご近所やさい”で一番売れたブロッコリー。その裏には、脱サラして未開の地を開墾し、緻密なデータと情熱で栽培に挑む生産者の姿がありました。格別なおいしさの秘密に迫ります。 取材・文・編集/青田美穂 撮影/石田理恵 デザイン/佐孝優
根を抜き、井戸を掘り、開墾3年。
今年4月、農林水産省の”指定野菜”に追加されたブロッコリー。指定野菜とは、全国的に流通され消費量が多い(または多くなると予測される)「生活に欠かせない重要な野菜」を定めたもの。これまでに14品目あり、新たに加えられるのは1974年のばれいしょ以来、52年ぶりだそう!優れた栄養面に注目が集まるブロッコリーは年々、北海道でも栽培を手掛ける方が増えています。そんな「ブロッコリー戦国時代」の状況下で、2024年コープさっぽろ“ご近所やさい”ブロッコリー年間売上1位となったのが、恵庭市の庭瀬さんです。岩手県出身、製造業の会社でサラリーマンをしていましたが、東日本大震災後に単身、北海道へ。農業を志し、市内・余湖農園での研修を経て独立。縁あって出会ったのは、50年以上も耕作放棄地となっていた“未開の地”でした。 「大変だなぁ、みたいなのは全然なかったですね。大丈夫、できる、って。でも、開墾する前はエゾ笹がすごくて、根っこがね、もう土の中でバリバリに張ってるんですよ」。 1〜2年目は、ひたすら除草と草刈りの日々。エゾ笹と格闘し、敷地に自力で井戸を掘り、足かけ3年でようやく農地が整いました。主要作物はブロッコリーとほうれん草に絞り、ブロッコリーは現在7万株ほどの規模にまで拡大。2月に種をまき苗を育て、定植し生育。6月から11月まで続く収穫・出荷もすべて、庭瀬さん一人の手による作業です。 「正直、どうしてうちが、一番売れたのかわかりません」と庭瀬さん。ならば!と、担当の外崎さんを突撃。 「まず、2024年度は全道203人の農家さんにブロッコリーを出していただき、販売総計は49万6000個。庭瀬さんは5万911個、2位が3万個強ですから2万個以上の差があります。個人で、しかも一人でやっていて売上1位になること自体が、スゴイことなんですよ」。 それだけ売れた理由は、一体…? 「温度が高くなると花蕾が黄変していくんですが、店で見ても庭瀬さんのは黄色くなりにくい。そこには作り手の工夫があると思いますが、劣化しやすい夏でも品質が安定しているので『同じ価格なら庭瀬さんのものを』と、固定ファンが付いているのだと思います」と外崎さん。 なるほど。自身のこだわりについては多くを語らない庭瀬さんですが「天候不良や病気の多い年でも、うちは歩留まりほぼ9割超えです」とサラリ。出せない1割弱も病気や虫の被害ではなく、発芽段階での損失。 「いろいろな土を試して、ようやくこれだという培土を見つけてから発芽率は約92%。8%減にはなりますが一番の課題がそこなので、トータルのロスは10%もないですね」。 芽が出れば1個も無駄にせず、商品レベルへ持っていく。その精度の高さが、結果につながっています。
自分が食べたいものを、出します。
6月に入ると、1日平均400個ものブロッコリーを収穫。今は、生産する100%を札幌市内と近郊の“ご近所やさい”に出しており、庭瀬さんのブロッコリーはコープさっぽろでしか購入できない限定品です。 朝5時から畑に入り、収穫したブロッコリーを袋詰め。準備が整ったら、片道1時間かけて自ら江別センターへ運びます。商品はすべて、生産者が値段を決める仕組み。 「一人で農業をやっているのは、全部自分で決められるっていう部分が大きくて、出す数も値段も自分で決められる“ご近所やさい”の仕組みは合っているのかも」と庭瀬さん。また「こだわりがないのが一番のこだわり」と話す庭瀬さんの判断基準は「お客さんとして見て自分が買うか、買わないか。それだけです」。 形や大きさ、出来を甘めに見積もれば、買う人に選ばれず廃棄して終わり。自由に判断できる分、その結果はすべて自分に返ってきます。 “ご近所やさい”コーナーの商品には、生産者さんの顔写真とコメント入りの紹介カードが添えられていますが、制作の際、庭瀬さんが選んだ言葉はたったひと言。「自分が食べたいものを、出します」でした。 家庭菜園などで経験のある方も多いと思いますが、ブロッコリーはキャベツなどと同じアブラナ科で、虫がつきやすいため低農薬・減農薬で育てるのが難しい野菜。ですが「倉庫を見せてもらうと農薬の種類がかなり絞られており、回数も管理して作っていますね」と、外崎さん。 庭瀬さん自身は「特別なことは何もしていないし、肥料もたぶんすごく少ない方だと思いますよ」と言いますが、作物のない土地が痩せないように麦科の種をまき、必ず何かが植生している状態(緑肥)を維持。それを「当たり前」に行っている高いレベルでの標準と、安全に配慮しながら高い収量を達成できているのは、作物が全体的に「健康に育っている証し」。これは、地力によるところも大きいそう。 長い間、誰の手も入らず、じっとエネルギーを蓄えていた放棄地が、庭瀬さんの存在によって豊かな土壌へと生まれ変わり、気候変動や病気にも負けない“タフなブロッコリー”の生育を可能にしています。
食卓のシーンを、イメージしながら。
より詳しい話を聞こうとすると、ふわりとかわされ「農業はあくまでも仕事です」と言い切る庭瀬さん。一見、感覚的な方かと思えば、実は自身で学んだ知識と技術、緻密なデータを駆使する頭脳派であり、ちょっと理系な職人気質の農業者だと気づきます。その所以は、こんな言葉から。 「みんな、雨が続いたり病気が出たりすると収量が減るって心配かもしれないけど、俺は毎日やることが決まってるんですよ。冬の間に『何月何日、何をするか』を決めていて今日は種まき、明日は植え付けって全部。それをずっと続けているので、何も慌てることはないですね」。 値段を決めるときも「この店のエリアは家族世帯が多いから、少し価格を下げてその分、たくさん買ってもらえるようにとか。外崎さんが畑に来て、親身になって情報共有してくれるのも助かっています。そこまで考えて値付けしているのは、俺だけかもしれないけど」と笑います。 生産者さんを応援する場であり、新規就農者には挑戦の場でもある“ご近所やさい”。より良いものを、しのぎを削る生産者の皆さんに感謝です!庭瀬さんのブロッコリーをはじめ「顔の見える地元の旬の野菜」、ぜひ手に取ってみてください。