おいしさ新発見 根室のいわし

北海道鮭鯖鰮漁業協会会長 福士正明さんのメイン写真
北海道鮭鯖鰮漁業協会会長 福士正明さん
北海道鮭鯖鰯(さけさばいわし)漁業協会 / 歯舞(はぼまい)漁業協同組合(根室市)

北海道鮭鯖鰮漁業協会会長 福士正明さん

夕方出稿し、夜明けとともに帰る。道東沖真いわし棒受網漁の漁期は6月上旬~10月中旬
夕方出稿し、夜明けとともに帰る。道東沖真いわし棒受網漁の漁期は6月上旬~10月中旬

ここ数年、夏になると お店で北海道いわしを 見かけるようになりました。 じつは今、いわしは 北海道の全漁獲量の中で ほたてに次ぐ第2位。 全体の約2割を占めています。 「そんなに多いの?」 そう驚く方も多いはず。 「北海道の人は、いわしを食べない」 こう言われ続けてきたとおり、 まだまだ北海道の食卓に いわしは浸透していません。 ただそれは、本当のおいしさが 伝わっていないだけなのかも。 その“常識”に挑み続ける ブランドいわしが 根室にあります。 取材・文・編集/長谷川圭介 撮影/石田理恵 デザイン/佐孝優

一尾を思い一刻を争う

タモ網でいわしをすくい、岸壁のコンテナへ。張り詰めた空気の中、スピード勝負が続く
タモ網でいわしをすくい、岸壁のコンテナへ。張り詰めた空気の中、スピード勝負が続く
魚体の大きさ、ハリ、エサの食い具合。競りを前に、仲買人たちが無言でいわしを見極める
魚体の大きさ、ハリ、エサの食い具合。競りを前に、仲買人たちが無言でいわしを見極める
朝7時、競り。1隻ずつ、落札価格が決まっていく。一夜の漁の値打ちがこの瞬間に決まる
朝7時、競り。1隻ずつ、落札価格が決まっていく。一夜の漁の値打ちがこの瞬間に決まる

8月初旬、午前4時——。水面を低く伝うエンジン音とともに、乳白色の海霧の中から、集魚灯を折りたたんだ棒受網(ぼうけあみ)漁船が姿を現しました。その出で立ちは、戦国武将の凱旋さながら。沖で夜通し操業を続けた漁師たちが、花咲港に帰ってきました。 着岸するや、疲れた様子も見せず荷揚げがスタート。屈強な漁師が大きなタモ網を魚艙(ぎょそう)へ深々と差し入れ、力いっぱい“獲物”をすくい上げます。一網、また一網。氷水を張ったコンテナは、銀色に輝くいわしでみるみる埋め尽くされました。 魚へんに弱いと書いて鰯【いわし】。水揚げ後すぐに傷むことから「ヨワシ」が転じたという説もあるほど、いわしは足の早い魚です。特にこの時季は、三陸沖から北上し、道東沖でプランクトンをたっぷり食べた脂のり抜群の一級品。それだけに傷みやすく、一刻を争います。だからこそ漁師たちは、水揚げの瞬間から鮮度を守ることに全力を注ぎます。 丁寧に、スピーディーに。その手間と誇りが「根室七星(ねむろしちせい)」のブランドとなって、食卓へ届けられます。

「いわしなんか」を変えてみせる

「成長期の子どもたちには、おいしくて体に良いいわしがおすすめ」と語る福士正明さん
「成長期の子どもたちには、おいしくて体に良いいわしがおすすめ」と語る福士正明さん
いわし漁
いわし漁

北海道周辺の真いわし漁は、1980年代には120万トン前後で推移しました。しかし乱獲と海洋環境の変化により90年代に激減。以降15年間、ほとんど取れない時期が続きました。2010年、資源回復を受けて道東海域での巻き網漁が再開。2017年には四半世紀ぶりに漁獲量が10万トンを超えました。 根室でいわしの棒受網漁が本格化したのは2016年。この年、ロシア200カイリ内でのサケ・マス流し網漁が禁止となり、夏の主要漁業を失った漁師たちが、いわば「代替漁業」として手探りで始めたのです。 しかし、道内でのいわし需要は乏しく、「いわしなんか売れない」と相手にもされませんでした。取れたいわしのほとんどは生鮮として出回らず、ミール(魚かす)に加工され、養豚や水産養殖のエサとして使われるばかり。その状況を変えたのが、道東のいわしに惚れ込んだある海産商の会長です。鮮度保持のノウハウを漁師たちに伝え、根室においては効率重視の巻き網漁ではなく、さんま漁で培った技術を生かせると、棒受網漁の導入を後押ししました。 「いわしはさんまより難しい」と語るのは、熟練漁師で北海道鮭鯖鰯漁業協会会長の福士正明(ふくしまさあき)さんです。「集魚灯には集まるけど、気配を感じたら逃げてしまう。静かに群れに近づき、パッと明かりを点けてワッと網を引く。魚とのだまし合いだ」 漁獲後も、気は抜けません。いわしは体温が高いため、魚艙に氷水を張って5℃にキープ。仮死状態のまま、急いで港へ持ち帰ります。 手間がかかるわりに単価は安い。それでも漁師たちが品質にこだわるのは、食べる人に喜んでもらいたいから。そして、この海で生きていくという覚悟の表れ。さんま漁の不振、雇用対策。目の前の難題を乗り越えるためにも、いわし漁は「夏の大事な仕事」(福士さん)です。

根室の海に七星あり

大将直伝「いわしのなめろう」(手前)と根室いわしロール寿司
大将直伝「いわしのなめろう」(手前)と根室いわしロール寿司
魚河岸 浜作 TEL0153・24・5876 根室市梅ヶ枝町3-26、17:00〜22:00、不定休
魚河岸 浜作 TEL0153・24・5876 根室市梅ヶ枝町3-26、17:00〜22:00、不定休

漁師たちの挑戦を、地域全体が後押しします。2018年、根室振興局が根室産真いわしを「根室七星」と命名。同振興局と根室市、市内4漁協による積極的なPR活動に加え、漁協女性部の料理教室、ぎょれんの加工品開発など、ブランドを育てる取り組みが広がっています。 地元飲食店では、ご当地グルメ「根室さんまロール寿司」をアレンジした「根室いわしロール寿司」も誕生。提供店の一つである「魚河岸 浜作」の大将・佐々木智宏(ささきともひろ)さんは「旬のいわしは脂たっぷりで、独特の甘みがある。決してさんまに引けを取らず、いわしの方が好きという人もいるぐらい」と話します。 一方で、気がかりなことも。 2025年、市内4漁協のいわし漁獲量は前年比65%減。さらに小型化の影響でキロあたりの平均単価も下落しました。生鮮として流通するのは、水揚げ量の約1割。残る9割はミールや缶詰となります。 「取れる年もあれば、一気に取れなくなる年もある。将来的にどうなるかはわかりません。海水温や海流の変化、漁獲圧、漁業技術の進化。いろいろな要因が複雑に絡み合い、海は変化します」と福士さん。それでも、こう力強く続けます。「丁寧に取って、丁寧に届ける。われわれは、ただそれを続けることだね」。 どんなにおいしい魚が取れても、食べる人がいなければ、そこに価値は生まれません。 塩焼き、梅煮、フライ、つみれ汁。新鮮ないわしが手に入ったら、丸魚を手開きにして、刺身やなめろうで味わうのもいいでしょう。北海道にいるからこそ出合える、産地直送のおいしさがあります。その一尾を味わうことが、産地の希望となり、漁師へのいちばんの応援になります。