もやしは、 強い。

社長 日向大介さんのメイン写真
社長 日向大介さん
ヒナタフーズ

社長 日向大介さん

安くて、便利で、いつでも買える。 庶民のミカタ、もやし。 魅力はそれだけではありません。 栄養の話は先のページでふれた通り。 さらに育ち方を知れば もやしのミカタが変わります。 それでは一緒に覗いてみましょう。 そのたくましさに、思わず見とれてしまうかも。 取材・文・編集/長谷川圭介 撮影/細野美智恵 デザイン/佐孝優 取材協力/株式会社オリエンタルフーズ

もやしは、野菜。

もやし生産で最大の敵は雑菌。原料種子を85℃のお湯で殺菌してから栽培が始まる
もやし生産で最大の敵は雑菌。原料種子を85℃のお湯で殺菌してから栽培が始まる
殺菌した原料種子をステンレス製の枠に入れ、ぬるま湯に5〜6時間浸して発芽を促す
殺菌した原料種子をステンレス製の枠に入れ、ぬるま湯に5〜6時間浸して発芽を促す
栽培開始から2日目。目をこらして見ると、種子から小さな芽がはっきりと確認できる
栽培開始から2日目。目をこらして見ると、種子から小さな芽がはっきりと確認できる
栽培5日目。力強く伸びた芽が全体を押し上げ、もやしが枠の上部までせり上がってきた
栽培5日目。力強く伸びた芽が全体を押し上げ、もやしが枠の上部までせり上がってきた
普段栽培室の中は真っ暗。点検や清掃で照明を点ける際は短時間で行う。写真は8日目
普段栽培室の中は真っ暗。点検や清掃で照明を点ける際は短時間で行う。写真は8日目
栽培9日目。遮光シートで枠全体を覆い、製造工場に移して「収穫」作業へ。収穫量は1日に約20トン。週末には1.5倍の量を出荷
栽培9日目。遮光シートで枠全体を覆い、製造工場に移して「収穫」作業へ。収穫量は1日に約20トン。週末には1.5倍の量を出荷

手頃で使い勝手が良いもやし。店に入ればほとんどの人が手に取る、スーパーマーケットの「顔」です。野菜炒めに鍋物、ラーメン、ジンギスカン。主役を張ることはめったにないけれど、どんな料理にも合う「最強の脇役」でもあります。 コープさっぽろで取り扱う緑豆もやし、黒豆もやしは、由仁町と恵庭市に工場があるヒナタフーズで製造されています。ヒナタフーズが誕生したのは1990年。「おかめ納豆」の北海道OEM(受託製造)工場としてスタートし、翌年3月にもやしの生産を開始しました。 もやしは90%以上が水分。つまり水の良し悪しが、もやしの味に直結します。由仁工場には夕張山系から、恵庭工場は羊蹄山のきれいな伏流水が地下を潤し、おいしいもやしを育てます。 では、緑豆もやしがどのように育つのか、順を追って見てみましょう。 まず原料の種を85℃のお湯で殺菌します。続いて「枠」と呼ばれる仕込み用コンテナに入れ、36℃のぬるま湯に浸して発芽を促します。浸漬後は真っ暗な栽培室へ移し、いよいよ栽培が始まります。といっても、やることはシンプル。4〜5時間おきに雨を降らすように地下水をたっぷりと与えます。化学肥料や農薬は使いません。8〜9日で軸は10cmほどに伸び、「収穫」を迎えます。工程がシンプルだからこそ、ごまかしがききません。水温や室温管理、換気などの条件をこまかく設定し、最適な環境づくりに努めます。 一つの枠で1トンものもやしが育つと聞いて疑問が浮かびました。「枠の底にある豆は、重みで潰れないのか」。そう尋ねると、工場長の塩出伸之さんは笑って答えました。 「大丈夫。上も下も同じように芽が伸びます。もやしの成長力は驚異的です。うちはステンレスの枠ですが、強化プラスチック製だと、もやしの力で膨らむことさえあります」。 細く見えて実はたくましいもやし。その天敵は「菌」です。もし菌が繁殖すれば、一気に腐敗が広がってしまいます。そこで工場では衛生管理を徹底し、「つけない・増やさない」を鉄則にリスクを抑えています。一方で異常を早く見つけるため、日々の観察は欠かせません。手をかけることなく、目をかける。まるで親が子を見守るように、もやしは大切に育てられています。

もやしは、安い。

深夜3時から「収穫」を開始。午後1時まで、およそ10時間にわたり製造が行われる
深夜3時から「収穫」を開始。午後1時まで、およそ10時間にわたり製造が行われる
まずは「殻取り」。成長過程で芽から外れた豆殻(皮)や豆を振動や摩擦で取り除く
まずは「殻取り」。成長過程で芽から外れた豆殻(皮)や豆を振動や摩擦で取り除く
「根切り」。もやしのひげ根を2枚のプレートで挟み込んで擦り切り、根だけを除去
「根切り」。もやしのひげ根を2枚のプレートで挟み込んで擦り切り、根だけを除去
「洗浄」。もやしに付いた根や殻を大量の水で洗い流し、風を当てて水気を切る
「洗浄」。もやしに付いた根や殻を大量の水で洗い流し、風を当てて水気を切る
「異物除去」。変色したもやしや、余分なものが混入していないか、カメラでチェック
「異物除去」。変色したもやしや、余分なものが混入していないか、カメラでチェック
「計量・袋詰め」。袋に詰めて出荷へ。最後は人の目で異常はないか一つずつ確認する
「計量・袋詰め」。袋に詰めて出荷へ。最後は人の目で異常はないか一つずつ確認する

もやしが手頃な価格で手に入るのは、栽培期間が短く、天候に左右されずに通年で計画的に大量生産できるからです。農薬や化学肥料を使わず資材価格を抑えられる点も、低価格を支えています。そのため「物価の優等生」と呼ばれ、ここ30年ほど販売価格に大きな変動がないことは、先のページでも触れたとおりです。 ところがこの間、原料となる種子の価格は4〜5倍に上がりました。緑豆・ブラックマッペを生産する中国や東南アジアでは経済発展に伴って人件費が上昇し、その影響が種子価格にも及んでいます。ここ数年は円安も重なり、コスト上昇に拍車がかかっています。 さらに無視できないのが燃料費の高騰です。由仁工場の地下水は約11℃。もやしに与えるには、生育に適した20℃までボイラーで加温する必要があります。重油などの燃料価格はロシア・ウクライナ情勢や為替の影響で高止まりしたまま。最近の中東情勢の悪化も先行きの不透明感を強めています。「正直、燃料代の計算もしたくない」と日向大介社長は苦しい胸の内を明かします。 衝撃的な事実もあります。 1995年に全国で550社以上あったもやし生産者は、30年間で8割以上が廃業し、2025年時点で約90社にまで減りました。道内でもヒナタフーズが創業した当時はおよそ40社ありましたが、現在もやしを作っているのはわずか6社。そのうちヒナタフーズを含む3社が道内流通量の8〜9割を担っています。実は恵庭工場は、倒産した工場の設備を引き継いだもの。「毎日あってあたりまえ」のもやしを安定供給し続けることが、「もやし屋の使命であり、最も難しい仕事」と日向さんは語ります。

もやし屋さんは、熱い。

「グリーンもやし(緑豆/右)」は軸が太く、「黒豆もやし(ブラックマッペ/左)」はシャキシャキの食感が魅力
「グリーンもやし(緑豆/右)」は軸が太く、「黒豆もやし(ブラックマッペ/左)」はシャキシャキの食感が魅力
2009年から社長を務める日向大介さん(左)と、もやし製造部工場長の塩出伸之さん(右)
2009年から社長を務める日向大介さん(左)と、もやし製造部工場長の塩出伸之さん(右)

その「あたりまえ」が揺らいだことがありました。2018年9月の北海道胆振東部地震で発生したブラックアウトの影響です。由仁工場も停電で通常の生産ができなくなりました。ですが、エンジン付きポンプがあったおかげで、温度管理は難しくとも水やりだけは続けられ、なんとか生産体制を維持しました。他の食品工場が製造を休止し、食べ物が手に入りにくくなる中、ヒナタフーズはもやしを供給し続けたのです。 現在直面している物価高の問題は、このときとは性質が異なります。でも「供給責任を果たしたい」という思いは変わりません。長期的な課題である価格上昇や人手不足に対応するため各工程の機械化を進めるとともに、整理整頓をはじめ作業のムダを削る取り組みを日々続けています。一方で、削ることのできない最優先項目は衛生管理です。ヒナタフーズは約10年前に、農業の安全・品質管理認証であるJGAPを取得しました。「安全を継続することで初めて安心になる」と日向さんが語るとおり、手洗いから日報管理まで、衛生管理の基本を忠実に守っています。 「物価の優等生」というイメージから、販売側ももやしの値上げには慎重にならざるを得ません。たとえ1円の値上げでも店舗全体の印象や販売に影響が出る懸念があるからです。しかし価格を抑え続ければ生産の維持が難しくなる。このジレンマは生産者や卸、小売の努力だけでは越えられない問題になっています。 もやしがいつでもお店にある「あたりまえ」。それを守るために、流通や消費のミカタを見直す時期にさしかかっているのかもしれません。日々の食卓を支える小さな芽を、この先も大切につないでいくために。